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Wednesday, March 22, 2017

Tell me, who I have to be?

教えて、私は誰になればいい?


こんばんは!私は元気じゃありません。つい最近&今日とっても嫌な出来事があったから。こういう時、どういう風に立ち回ればいいのかさっぱりわからなくなるけれど、何かを失ってでも守らなくちゃいけないものがあると思うので、守りにいこうと思ってます。

人として、言ってはいけない事、人として、やってはいけないこと。その基準っていうのは人それぞれバラバラだから、人間関係は傷ついたり傷つけてしまったりすることが多くなる。
それは絶対つきものだとおもう。でもやっぱりどんな人のことでも尊重できる人間に私はなりたいと。出来てないことも多々あると思うけど、努力したい。



ブラジルにいた時スーパーで買い物をしていたら、後ろに並んでいる女性の顔が火傷のせいかぐちゃぐちゃで、見慣れない風貌にびっくりした自分がいた。するとレジのおばちゃんが「今日もとっても素敵。とっても美しいね!」って屈託のない笑顔でその女性に話しかけて、多分顔見知りなんだろうけど、その女性は満面の笑みで「muito obrigada(ありがとう)」って答えてて。それを見た時すごくすごく感動したのを覚えてる。

ブラジルでは全身にあざのある少女が、キャミソールを着て歩いてて、隠そうとはしない。ありのままでもみんなが「muito bonita!(すごく素敵!)」と言い合う国柄だから。

黒人奴隷の血筋から、インディアンの血筋、移住した日本人の血筋、ポルトガル人の血筋、イタリア系やドイツ系の血筋がミックスし合って今のブラジル人達がいる。どこかの人種をけなす事は自分の祖先をけなすことになる、ってブラジル人の友達は言ってた。


ゲイやレズビアン、トランスセクシャルやバイセクシャル。そんな事にもオープンで、中には隠したがる人もいるけれど、それでも平和な空気が流れてる。



今の自分があるのは、何千年前何億年前からの奇跡が重なってのことなはずなのに、それでも自分に満足できない人達がどれだけいることか。
自分の好きな部分も、嫌いな部分も、大切な大切な祖先からの奇跡の贈り物。


今日の講義の中で、今の日本人の若者の中で自分に満足しているのはたったの7パーセントしかいないという事を聞いた。
他人と比べたり、社会的地位や学歴や収入、見た目重視の社会の中で、若者の自己肯定感が下がってる。それがどれだけむなしいことか。

本当に大事なのは、何かに感動する気持ちや人に優しくできる心。でもそれも自己肯定感がないと出来なくなってくる。


生きづらいなーってことが多々ある日本。私の生まれ育った母国。
いつも思う、どこの国にいても、日本にいても、何人にもなりきれない私。


大事な家族を置いてでも、ブラジルで優しい心で他人を思いやりながら、他人をジャッジなんかせずに生きていきたい。日本ではいつもジャッジされるから。そしてジャッジされると、自分もジャッジしてしまう。

他人の良いところを見つけて褒める。そうじゃなくて、その人がこの世に産まれてきてくれた事を他愛もない日々にお祝いできるような気持ちを持って、生きていきたい。


社会なんてクソだ、とか、菜食主義万歳とか、サラリーマンをけなしたりとか、自由人をけなしたりとか、お金が全てとか、愛が全てとか、自分の生き方が正しいとか、そんなんじゃなくて、この地球と、あなたと、知らない人と、万物を、祝福したいってここ半年はすごくすごく思ってて。


そんなことばかり考える深い夜。明日朝日が出るまでにひとつ素敵な夢が見れますように。あなたも。




naomuack





Sunday, March 12, 2017

wonderland

こんばんわ、どうしても寝れない。
気づけば最後のブログから1年と2ヶ月が経ってました。びっくり!

うちにある時計は全て時間がバラバラで、今文章をうってるPCは3:39を表示してるけど、実際のところ2:39みたい。
でも部屋の時計は2:30になってて、これのせいで何回も遅刻しかけてる。

てことで、不思議の国のアリスの気持ちが分かりそう。な感じ。

しゃてしゃて、この1年間、今まででないぐらいTHE 社会との接点を持って過ごしてる。
福祉関係で仕事していて、これも夢(?)への大きな第一歩やけど、社会というのはかなり不自由でもあることに気づきました。(笑)

でも、相手が子ども達である分、学ぶ事は本当に大きくて大きくて儚くて。毎日が暴走馬のように過ぎて行きます。
日課だった落書きや日記も怠っていて、悪友のお酒も一番量が少ない一年になったかなあ。

一番の収穫は家族とたくさん過ごせた事かなあ、岡山のばあちゃんにも、大阪のじいちゃんばあちゃんにもいっぱい会えたし、お父さんと毎日ご飯を一緒に食べる回数は人生で一番多かったかもしれない!今までにないくらいいろんな話をしたし、18歳から25歳までフラフラして、ろくに実家で過ごしたこともなかったので、本当に良かった。そしてあともう1年は2016年よりもさらに良い感じに過ごせるように頑張ろう。

とかいう話を発泡酒呑みながら書いてる自分は大人になったなあ、なんて感じてます。

ていうてもまだ26歳やけど、さらなる飛躍に乾杯♪


中学から仲良い友達に赤子が生まれました。あだ名は社長です。これで安心してホームレスになれる。(将来雇用してもらえる事を信じて今から洗脳しておく笑)
8歳頃の写真と26歳の私たち。長過ぎるおつきあい♡これからもよろぴー

心にたっぷりためた思い出をまた忘れないうちに書き留めたいな〜。時間を見つけて実行していこう!


NAOMUACK




Sunday, January 31, 2016

私たちの家、地球。

今回はあまり頭のよくない私が環境破壊や大量生産大量消費大量廃棄について書きます。

今世界中の人全員が、日本人と同じ生活をしたら地球は2.5個いると言われてます。
アメリカ人と同じ生活をしたら5個いると言われてます。

そして本当に日常的によく聞く言葉 "経済発展" 。
果たしてそれが本当に今の地球にとって必要なのか?

教育や医療が無く、そして食料や安全な水すらも飲めない人々の住む国があるからこそ、今の私たち日本人の生活が成り立ってるとも言えます。
でも発展途上国を経済発展させようとする流れもありますが、果たしてそれが現地の人にとっての本当の幸せになるのかどうか、どこもかしこもが経済発展した時、地球に資源は残されているのか、などいろーーーーーんな問題があります。

そして環境問題や、原発問題を考えることは、果たして意識が高いことなのか?
私はこういう事を考えることは、当たり前の事だと思っています。だって私たちは地球の資源や太陽に生かされてるから。地球は自分の家と言っても過言ではないし、むしろそれが事実。
だからぜひみんなにも常日頃、地球は私の家だ!と思って過ごしてほしいです!!そしたらいろんなことへの価値観が変わってくると思います。

今回はこのトピックを短かに感じてもらうために、物欲魔人だった私が、なぜモノへの欲が無くなったかの理由と、今の地球資源について調べた事を書きたいと思います!


私の暗黒の物欲の時代
 
 

中学生の時から洋服がすごく好きで、高校生からは、CDや美術書物を買いあさるようになって、お恥ずかしい話、洋服は大学生の時点で600着くらい持ってて、CDは高校三年間で400枚くらい集めました。高校時代、古着や、中古CDをメインに買っていたけど、とにかく食べ物にお金は使わず、全てモノに費やしてました。私は覚えてないけど、高校の頃よく友達に『なんでそんなに食べ物にお金使うん?排泄して終わりやん!形に残るモノに使えば良いのに!』といいながら、飲食店をう○このためにお金払う場所とか言ってたらしいです。そんな私は身長166cm49kgという当時はガリガリヒョロヒョロな身体をしてました。よくキュウリみたいって呼ばれてた。

それからは、大学に入って、飲み会や外食、制作費に使うお金が増えて、日常では服やCDを買う事が少なくなりました。でも海外旅行にたくさん行ってたので、その時は特に服や靴、化粧品や、アクセサリーを買ってました。旅行の楽しみのひとつが"大量に"買い物することだった。

〜2012年イタリアにて 服からパンツくつしたまで全部現地で買う〜
ちなみにこの服は飲み会でびりびりにやぶられた。

 〜2013年2回目のNYに行った時撮った写真〜

ここまではまあ現代の日本人では普通の事だと思うけど(収集癖な面ではちょっと異常かもしれないけれど)、私にとってはあまり今は人に言いたくない暗黒期です。 


60ℓのザックの中に

それから2014年6月、長野県と岐阜県の間にある北アルプスの山小屋(標高2385m)での4ヶ月のバイトがきっかけで、いろんな物の見え方が変わり、自分の中のものさしが増えました。
まずしょっぱなに物事を考えるきっかけになったのが、60ℓのザックの中に"何を入れて"山に登るか。です。 
元々、旅行に行く時は、カバンの中はほぼすっからかんで行って、現地で大量に服や本を買って帰るというバカ丸出しな旅スタイルだったのですが、この時山に登るための準備は今までとわけが違います。4ヶ月くらい山の上に住むにあたって、必要最低限のモノしか持っていけない。と、なると、機能性重視や、本当に自分に必要な物を考える必要がありました。
もちろん登山家と違って、山の事なんて何も知らないただの小娘なので、山で暇になった時はどの本を読もうかな〜と真剣に何度でも読みたい本を考えたりしてるうちに、自分にとって、着心地の良い服、何度も読みたい本、など本当の必需品が見えてきました。
ふだんの生活でそんなことを考えることなんて滅多にないので、荷物を詰めるだけでもすごく学びがありました。


そして散々考えても、街に住む私にとってはアレもコレも必要!!となって結局、60ℓのザックがパンパン、約30キロの荷物になってしまいました。
一ヶ月くらいするとその中でも全く使わない物が出てきます。一時下山の時にいらないものだけを、全て実家に持って帰り、軽い荷物にしてまた入山しました。

そして一時下山でいつも行く三ノ宮の街を歩いた時の違和感が凄かったのを、今でも鮮明に覚えてます。
絶対に全部売り切らないだろ!というような大量生産の安い服達、流行に左右され、来年には誰も身につけてないだろうと思える雑貨。このモノ達の売れ残りの行き先を考えるとぞっとしました。

その時初めて、必要最低限のモノだけで生きる快感を感じました。

自然の一部、山での生活

標高の高い山小屋では、水がまず大事な資源になります。洗い物は、最低限の水で洗わなくてはならなくて、基本的に少ない水で洗った後、熱湯で煮沸して完了です。
登山客のゴミはそれぞれが持って帰らなくてはならなく、ゴミの焼却炉もありますが、最低限の物だけを燃やします。(最低限のものというのは、ヘリコプターで下界に下ろしてもリサイクル出来ないゴミ。その日出た、従業員と登山客のトイレットペーパーなど。)

〜標高2700mで見た野生の鹿は本当に感動した〜

今、友達が冬山で仕事をしていますが、冬山では水が全く使えなくなるので、雪を火で溶かして使うそうです。その水を使って、生活をするわけですが、ある日水が黒かったそうです。なぜ水が黒かったか。
ゴミの焼却の時に風向きで飛んでった灰が雪に混ざってたからだそうです。
自分たちの出すゴミのせいで、水が確保できなくなることがあるんです。
きっとそれは、私たちの周りでも起きてる事だと思います。ただ、目に見えないところで地球が汚れ、自分たちに被害が返って来てるのを、気づかずに生きているんだと思います。

沖縄に滞在してた時に、山の中にある、芝生のはえた人口的なピラミッドのようなところに連れて行ってもらったことがあります。コレは何でしょうと聞かれて、全く想像もつかなかったけれど、ゴミの埋め立て地でした。
那覇市ででた大量のゴミを、キレイな自然が残る今帰仁村の山の中に、積み上げてくうちにピラミッドのようになり、見栄えを良くするために芝を植える。那覇の人はそれを知らない。
そんな事が私たちの知らないところで日常的に行われてるって怖くないですか!!
全ての物は繋がっています。
動物が草を食べ糞をしたら、糞は肥料となり、そこにまた草が生えて動物が食べます。
人間が出した自然が分解出来ないゴミ、必ずどこかに蓄積してるんです。ゴミ箱に入れて終わりではないんですね。こわ!

山の中の小さい循環の中に暮らすと、全ての物が見えてきます。自分たちのした排泄物の行き先や、ゴミの行き先、水が何処から来るか、太陽があるからこそ凍えずに生きれる。とか。丁寧に生きないとすぐ住めなくなるんです。

本当に北アルプスと、沖縄の山での暮らしは、価値観をまるまるひっくり返されました。


ブラジルから三度目のニューヨークへ

〜ブラジルで見たグンガ〜

2015年2月末からブラジル、メキシコ、ニューヨークへと行きました。
ブラジルの話をしだすともう止まらなくなっちゃうので、軽く話します。
ブラジルでは、大自然に囲まれてるせいか、若者の会話も基本的に環境の話や、自然の話、精神世界の話や、 教育医療問題や政治、宗教の話が多かったです。(10代の子とかもこんな話してる)
中でも多かったのはやっぱり、自然の中で精神を清める的な話が多かったなあ。
ヒッピー村はもちろん、リオデジャネイロの若者も、基本的にみんな環境への意識が高いです。

例えばある日、『友達Aの家では、水のシャワーしか出なくて日本では絶対水シャワーしないから辛かった〜』と友達Bに言うと、『でも水のシャワーは環境に良いから少し我慢すれば地球は喜ぶかもね〜』って感じの会話がよくある…。という。

とにかく自然信仰が強いけど、カンドンブレというアフリカきた宗教はブラジルではみんなが好きなんだけど、それは日本の八百万に近い感じで、全ての自然にそれぞれの神が宿ると信じています。なんか今の日本人は八百万の事すっかり忘れてるんじゃないのかなあとか思ってしまいます。
(私のおばあちゃんは岡山県のど田舎に住んでるけど、神様や精霊や仏様の事を信じてます。)

三ヶ月、ダイナミックな自然や、自然を信仰してる若者達とブラジルで触れ合い、その後、一ヶ月半はメキシコに行き、その後は渡米してニューヨークに行きました。

もともと三ヶ月滞在する予定だったけど、ニューヨークでは友達の家に滞在中、 まず基本的にニューヨークの人達はあまり自炊しません。それで毎日デリでごはんを買って来て食べるんやけど、その、ゴミの量がやばいいいいいい!!!!!!!!!!
2日で、巨大なゴミ袋がパンパンになります。そしてゴミの分別はしません。
例えば、一人で外食してスープ頼むと食べきれない量出てくるから、当然持ち帰ります。そしたらそれを入れてくれるタッパーが、汁がこぼれないように結構頑丈でしっかりしてるけど、洗って使い回すほどではない感じのもので渡してくれます。
 
その大量のゴミを毎日見るのがすごく苦痛だったのと、やっぱり消費大国なので、消費する事に興味なくなった私にとっては結構暇な街でした。もう刺激とかあんまりなかった。

自然の中で、裸足で走り回って、裸で滝でシャワーして、路上でみんなで唄歌って絵描いて、たき火の周りで朝まで踊ってたブラジルの生活とは違い、何をするにもお金が必要。お金をたくさん得るには仕事に時間を奪われる。その循環が凄く無意味に感じで、一ヶ月でニューヨークとお別れしました。

自分にできるちいさなこと

とにかく毎日ニューヨークで見たあの大量のゴミがトラウマになってしまい、帰国してからは買い物に行く時は必ずマイバックを持っています。
マイバックを忘れた時も基本的に断るように心がけていて、この半年間ほぼビニール袋を使わなかった印象です。

そしてビニール袋は石油から出来ています。

日本人のビニール袋年間消費量は石油に換算すると
1ℓのペットボトル60億本分です

マイバックおすすめです!!
私の行ってるスーパーもマイバック持参で2円引いてくれます。
出来るだけ忘れないように心がけて、行動してみてください。人の癖は一年間頑張れば日常化するらしいです。私は半年でもう日常化しました。
意識する事で家庭ゴミも減った気がします。

それともうひとつ私が心がけているのは、"価値のあるものへ対価を払う事"と"利益優先の会社への非買活動"です。

好きなアーティストのCDや、ずっとずっと大事にしたいモノを買う事は良い事だと個人的に思っていて、好きなアーティストが一生懸命創ったモノに対して、対価を払うことは私はすごく賛成です。ハンドメイドの服しかり、工芸しかり、本もそうだし、一生懸命作った野菜とかも。

利益優先の会社への非買行動というのは、例えばアマゾンなどで安く買う事によって、今ヤマトの宅急便の配達員などが大変苦労してます。いくらアマゾンで送料無料で私たちが300円くらい得しても、どんどん増えてくネット通販のせいで、宅配員は同じ給料の中で2倍以上の配達を行わなくてはならない状況です。ヤマトで宅配員のバイトした時、たくさんの社員さんが身体壊しながら走り回ってました。
アマゾンができたせいで、小さな書店などが潰れてるのも現状です。
だから、書店に自分で足を運んでから、どうしても売ってなければ、最終手段として使う。とか、私たちは脳みそのある人間なので、いくらでも個人個人が少しずつこの世の中を良くしていけると思っています!


便利だから、ちょっと安いから、に釣られてたら本当に大変な事になると思っています!!


ちょっと重い話?長い話?だったけどここまで読んでくれて本当にありがとうございます!!!
他にも書きたい事山ほどあるけど、おいおいゆっくり更新していこうと思います。

地球は私たちのおうちです!愛すべき私たちのおうち!大事にしましょう。私たちの子供や孫、その先の子供達もずっと安全に暮らせるように。



naomuack